8.隼人の激昂




「…で。」

祥太郎は首をすくめた。
いまさら隼人の睨みなど怖くもなんともないが、明らかに不機嫌な様子の隼人を煽る事もないだろう。

「なんで関係ない奴がのこのこついてくんだよ!」
「え〜、関係ないことないかもしれないじゃない、これから将来的に…。」
「将来的って、いつの将来だよ! 今うちに欲しいのは即戦力だって言ってるだろうが!」
「…うるせー鬼瓦…。」
「にゃにおぅっ、このガキっ!」

だが、祥太郎の真横に張り付いているナツメには、そんな思惑は伝わらなかったらしい。
いきなり沸騰してしまった隼人を見て、祥太郎はため息をついた。

「うるせーのをうるせーって言ってなにが悪いんだよ。さっきから聞いてりゃ一方的にまくし立てやがって。可愛い祥太郎先生が小さくなっちゃってるじゃねーか!」
「てめーこそうるせー! 祥太郎のドちびは元からだ!」
「あのねえ…。」

なにげに酷いことを言われている気がする。

「隼人くぅん…もうちょっと大人になろうよ〜。」
「るせー! 祥太郎にだけはそれを言われたくねえ! 大体…。」

隼人はナツメをびしりと指差した。

「こんなに毎日来て茶ぁまで飲むくせに、生徒会には興味ないなんて、どういう了見だ!」

たしかに隼人が憤るのも分かる。祥太郎はピンクのとさかを見上げてため息をついた。



白鳳赴任以来の祥太郎の、生徒会顧問という立場はまだ生きている。このままずっと続いていくのだろう。顧問も始めて3年目ともなれば、祥太郎の行動パターンもだいぶ決まってきた。
一日の授業が終わった放課後、ほぼ毎日生徒会室を覗いて、たわいないおしゃべりをしてお茶を飲んでくる。祥太郎が生徒会室に顔を出さないのは、テスト期間の数日くらいのものである。
いまやすっかり、祥太郎の定位置もカップも決まってしまった。生徒は入学、卒業と共に循環するが、教師はなかなかそうは行かない。
だから、祥太郎が新しく担任を持っても、生徒会室に行くのは日々の日課のようなことで、祥太郎は自分のクラスでも特に何の気負いもなく、そのことを口にした。

そうしたら、ナツメが過剰に反応したのだ。

「生徒会っつったら、あのクソやかましい奴がいるところだろ!」
「クソやかましいって…。」

祥太郎は思わず頭を抱えてしまう。確かに隼人は小うるさいかもしれないが、実はきめ細かい心配りのできるいい子なのだ。その言われようはあんまりだ。

「俺も行く! あんな鬼瓦のところに、可愛い祥太郎先生を一人で行かせられるか!」
「あのう…ナツメくん、気持ちはありがたいんだけど、僕の名前の前に、いちいち可愛いをつけるの…やめてくれないかなあ〜。僕一応教師なんだけど…知ってる?」
「うん、知ってる♪」

ナツメの顔が傾けられているのを見て、祥太郎は自分がつい、くせである小首を傾げる仕草をしていることに気がついた。こんなだから、生徒に可愛い可愛いと連呼されてしまうのだ。
いまや、ナツメの口癖の、可愛い祥太郎先生は、祥太郎のクラスに蔓延しつつある。

「そ…それとさ、隼人君は本当にいい子なんだから…あんまり悪く言わないで上げてくれないかなあ。」
「いい子かどうかは、俺がこの目で確かめる! 先生は安心して俺に甘えてくれていいから!」
「甘えてって…、ナツメ君、ロリなんじゃなかったっけ? 僕君よりずっと年上なんだけど。」
「大丈夫! 祥太郎先生、この学校じゃ誰より可愛いから!」
「そんなこと…ないよう〜。」

ナツメは授業が始まって数日しないうちに、祥太郎先生学園一可愛い論をぶち上げていた。それによると、白鳳広しといえども、祥太郎ほどロリっぽいヤツはいないのだそうだ。
祥太郎にとっては非常にありがたくない宣告である。しかし、たいした反論も起きないところを見ると、そう思っている生徒も多いと言うことなのだろう。

かくして、祥太郎の隣には、常にナツメが張り付いている現状が出来上がったのである。





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